ローレル・スピリット 【1982,1983,1984,1986】
ハイオーナーカーの精神を持つコンパクトセダン
イギリスでは“バンデンプラ・プリンセス”(ADO16)など古くから“小さな高級車”が愛されてきた。そのコンセプトを日本に初めて導入したのが1982年1月に登場したローレル・スピリットである。上級サルーンのローレルの“精神”を持ったコンパクトセダンで、基本的にはネーミング通り各部を巧みに差別化した、大衆車サニーの派生モデルだった。
販売を担当したディーラーは日産モーター店系列だった。日産モーター店は、セドリック/ローレル/ガゼールなど高級車とスペシャルティモデルを扱っていた。日産のなかでは上質な顧客を持つプレミアムディーラーである。しかし悩みもあった。大衆車クラスの扱い車種がないため、新規顧客の取り込みが難しかったのである。しかも顧客からはセカンドカーとして、乗り慣れたセドリックやローレルの風格を持つコンパクトモデルが欲しいという声が日増しに多くなっていた。
ローレル・スピリットはディーラーの要求に対応したニューカマーだった。なぜ“セドリック・スピリット”ではなく、“ローレル・スピリット”だったのかと言えば、セドリックは確かに高級車だが、タクシーなど法人ユースも多く、オーナーカーというイメージが薄かったからだったという。
ローレル・スピリットは、立派なサニーだった。ボディタイプはフォーマルなセダンのみで、エンジンも排気量1487ccのキャブレター仕様(85ps/12.3kg・m)と電子制御インジェクション仕様(95ps/12.5kg・m)の2種が組み合わされていた。サニーでは選べた1270ccエンジンを設定しなかったことでローレル・スピリットが経済性を重視したモデルでなかったことは明白だった。
エクステリアのローレル化は見事だった。ローレルと共通イメージの格子状グリルとそのエンブレム、メッキ仕上げのフェンダーミラー&ドアハンドル、サイドモール、リアフィニッシャーなどで見事に高級な雰囲気を身に付けたのだ。とくに本物のローレルと同様の凝ったツートーンカラーで仕上げられたモデルは、明らかにサニーとは違う存在感の持ち主だった。落ち着いた高価なクルマに見えた。若々しいサニーに対し、大人の風格を感じさせたのは確かだった。
室内もローレルらしい装いだった。とくLF以上の上級グレードでは本物のローレルと共通のステアリングホイールを採用し、モケット張りのシート、FM付きオーディオ、専用ドアトルムなどで豪華に仕上げていた。トータルコーディネートされた室内色と相まって、ローレル・スピリットの室内はサニーとは別格の豪華な印象が漂った。
走りは軽快だった。ベースとなったサニーは駆動方式がFFに進化した新世代モデルである。軽量設計と新開発サスペンション、そしてパワフルなエンジンのマッチングが絶妙で、タウンユースからハイウエイ走行まで俊敏なパフォーマンスを誇った。ローレル・スピリットはサニーの走りの美点をフルに継承していた。重さを感じた本物のローレルに対し、軽やかなローレル・スピリットの走りは大きな魅力ポイントと言えた。しかしサニーの欠点もローレル・スピリットは継承してしまっていた。軽量設計ゆえにややノイジーだったのだ。しかも主力となるオートマチックは旧式な3速タイプだったから、とくに高速走行時はエンジン回転数が高くなり騒々しい印象が際立った。
ローレル・スピリットは、確かにサニーより上質で、ローレルと共通する落ち着きを持ったクルマだった。とはいえ、小さな高級車と表現するには、煮詰め不足の面が残っていた。もっと入念な静粛性対策を実施し、オートマチックもオーバードライブ付き4速が組み合わされていれば、そのネーミングに相応しいクルマになっていたはずだ。
ローレル・スピリットは1983年1月にパワフルなターボ仕様、同年11月には経済的な1700ディーゼルを加えてラインアップを充実する。しかし小さな高級車を目指した抜本的な対策は、残念ながらなされることはなかった。