ホーミー・コーチ 【1980,1981,1982,1983,1984,1985,1986】

豪華な装備でユーザーを魅了した新世代ワンボックス

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初代はトラック派生のマイクロバスとして誕生

 ホーミー(Homy)という名を持つフルキャブオーバー型のワンボックスモデルが発売されたのは、1965年10月のことだ。メーカーはプリンス自動車で、同社が当時生産していたキャブオーバー型のトラックであるホーマー(Homer)のバリエーションとして誕生した。当初は定員15名の小型バスだった。車名のホーミー(Homy)はホーマーと「私のもの」を意味する英語の「my」を組み合わせた造語である。

 プリンス自動車は1966年8月に日産自動車に吸収合併される。この合併には、自動車の輸入自由化に際して、国産車の国際的な競争力を引き上げたいという通商産業省(現・経済産業省)の強い行政指導があったと言われている。
 この合併により、当然ながらプリンス系モデルの大幅な見直しが行われた。幾つかのプリンス系の名車が、単に日産系の車種と競合するという理由で消滅して行くことになる。それでも、ホーミーはそのままの形で生き残った。車名はニッサン プリンス・ホーミーとなり、1970年代まで基本的にはプリンス時代のまま多くの改良を加えながら生産された。

3代目は豪華装備で新種の高級乗用車に進化

 1976年1月になると、ホーミーはバンを含めたワンボックス・シリーズへと発展を遂げる。トラックベースではなく当初からクローズドボディのワンボックスとして再出発を遂げたのだ。余裕あるワンボックス型ボディは、実は1973年に誕生していた日産系のキャラバン(E20型系)と同じもので、プリンス系の販売店で販売するためにエンブレムやオーナメントをプリンス系独自のものとしたモデルだった。いわゆるバッジエンジニアリングである。

 ホーミー(とキャラバン)は1980年8月にフルモデルチェンジされて第3世代となった。ホーミーが兄弟車のキャラバンと異なる部分は、ラジエターグリルの意匠であり、装備の一部といった細部だけとなって、徹底したバッジエンジニアリングが行われた。搭載されるエンジンもキャラバンと同じもので、コーチと呼ばれるワゴン系は排気量1952ccのZ20型・直列4気筒SOHCのガソリン仕様(105ps/5200rpm)と2164ccのSD22型・直列4気筒OHVディーゼル(65ps/4000rpm)の2種類が搭載された。

 第3世代のホーミーの特長は、豊かな室内スペースを生かしコーチに各部を豪華に仕上げた3列シートの9人乗り仕様を設定したことだった。とくに最上級グレードのSGLは、分厚いクッションを持つモケットシートを採用。2-3列目のフルフラット機構だけでなく、2列目回転対座機能も盛り込みRV色を鮮明にした。大開口の電動サンルーフやパワーステアリング、ATミッションの設定など快適性についての配慮も万全だった。現在の日産エルグランドやトヨタ・アルファードの直接的なルーツとなる高級ミニバンの誕生である。

カタログにレーサー長谷見昌弘選手を起用!

 1980年に登場したホーミー・コーチには、イメージキャラクターとしてレーサーの長谷見昌弘選手が起用された。カタログで長谷見選手の試乗インプレッションを掲載し、ホーミー・コーチの快適さとユーティリティをイメージづけたのだ。

 長谷見選手は「ホーミーはサーキットへの足としても、家族全員でドライブやショッピングに出掛けるにも最高のクルマ。こんなにいいクルマだとは思わなかった!」と絶賛。走りの面でも「びっくりしたのは静かなこと。それにサスペンションもバンとは次元がちがうほど適度なやわらかさでセッティングもいい。パワーステアリングも軽い」と高い評価を与えた。

 E23型系の3代目ホーミー(そしてキャラバン)は宿敵のトヨタ・ハイエースの販売台数を抜き去り、クラスのリーダーカーに躍り出る。その好調の陰にユーザー目線でホーミーの魅力を語った長谷見選手の貢献もあったに違いない。

ウォークスルーが自在な便利なシートレイアウト。

 ホーミー・コーチの最上級モデルであるSGLは3×3×3名掛けの3列シートを配置した9名乗りミニバンだった。その1列目の中央席には便利な工夫が盛り込まれていた。シートバックを前倒しするとテーブルに変身し、さらに助手席側に折り畳むと、1列目から2列目へウォークスルーができるようになっていたのだ。一旦外に出なくても室内を自由に移動できるウォークスルー機能はユーザーから大歓迎された。

 さらにタイヤ交換時に使用するジャッキを左側スライドドアのステップにあるデッドスペースに収納したり、ヒューズボックスを室内の確認しやすい場所に配置したりとユーザー目線に立った配慮を満載。質感もボディパネルが露出しないフルトリム内装などで気を配っていた。ホーミー・コーチは広く快適な室内空間を楽しく使うための工夫を満載したクルマだった。だからこそ高い人気を誇ったのである。

目指したのはグロリア以上に快適なクルマ!

 ホーミー・コーチはクラスリーダーカーの地位を盤石なものとするため積極的なリファインを繰り返す。1982年5月のマイナーチェンジでは主力ユニットのディーゼルをパワフルなLD20T型・直列4気筒OHCディーゼルターボ(81ps/4400rpm)に変更。トランスミッションのフロアシフト化で一段と乗用車感覚を高めた。同時に2列目にキャプテンシートを採用した定員7名のリムジン・コーチを設定する。

 リムジン・コーチのシートは豪華な専用モケット張りで両側にアームレストを装備した2列目はリクライニング&回転対座が可能だった。まさにリムジンの風格を持つグロリア以上の快適性を誇るスーパーモデルだ。さらに1983年4月になると角型4灯ヘッドランプを採用するなど内外装が一段とグレードアップ。魅力に一段と磨きをかけた。