オースター 【1985,1986,1987,1988,1989,1990】

英国でも生産されたハンドリングセダン



ヨーロッパ市場向け戦略セダンの構想

 日本の自動車国内市場が、未曾有のバブル経済により大発展を遂げた反面、中・小型車を中心として販売台数の上で行き詰まりを見せ始めた1980年代半ば、日本の自動車メーカーの多くが海外に新しい市場を求めて、相次いでアメリカやヨーロッパへと進出することになる。特徴的だったのは、単に日本国内で生産した完成車を輸出するのではなく、生産工場を当地に新設し、大幅なコストダウン(そして現地のユーザーニーズの取り込み)を図ったことであった。

 日産もその例外ではなく、1984年には英国日産自動車製造(NMUK)を設立、1986年から実用的な小型車の生産を開始した。その主力車種となったのが、3代目のオースターだった。それは英国市場だけではなく、ヨーロッパ全土に向けて輸出される日産の中核車種でもあった。ちなみに、車名のオースター(Auster)とは、南風を意味する英語。3代目モデルの日本国内向け販売は1985年10月であった。

ブルーバードとオーバーラップしたメカニズム

 ブルーバードとサニーの中間車種として、1977年5月に初代のオースターはバイオレットおよびスタンザの兄弟車として発売されている。シャシーコンポーネンツやエンジンラインアップは、基本的に上級車種であるブルーバードとオーバーラップする部分も多かった。代を重ねるごとにその傾向は鮮明になり、3代目となったオースターのボディーサイズはブルーバードにほぼ等しく、スタイルも没個性的な直線を基調とした3ボックススタイルの4ドアセダンであった。

 主として生産性向上という目的から、当時のプレス技術では直線基調のデザインが最適だったからだ。この時代の日本製の実用的な中小型車のスタイリングには大きな特徴がなく、エンブレムやバッジを隠してしまうと、メーカーすら見分けが付かないという珍現象が起こっていたほどだった。

スポーティーな走りが最大の個性

 日本市場向けのモデルに搭載されるエンジンは4種あり、最強のものはCA18DET型の直列4気筒DOHC、排気量1809ccに電子制御燃料噴射装置とインタークーラー付きターボチャージャーを組み合わせ、160ps/6400rpmの最高出力を発揮した。また、主力エンジンとして新しくCA18i型が設定された。排気量は同じ1809ccで直列4気筒OHCとなり、電子制御インジェクションシステムを装備、105ps/5600rpmと実用性を重視したものだ。

 トランスミッションは5速マニュアル型が標準で4速オートマチックも一部車種に装備可能となる。サスペンションは、ブルーバードと同じ前・トランスバースリンク式ストラット、後ろ・パラレルリンク式ストラットと凝ったもの。駆動方式はこれもブルーバード同様、横置きフロントエンジン、フロントドライブである。

 走りの味付けはスポーティーなもので、足回りの調律は固め。乗り心地以上にしっかりとしたハンドリングを重視したものだった。とはいえ、国産車のなかではスポーティーだったが、比較対象を欧州車にまで広げるとスポーツセダンとしては中庸と言えるレベルだった。当時はまだ欧州車に比類する走り味を持っているだけで大きな個性だったのだ。

室内はオーソドックスなイメージ

 インテリアのデザインもきわめて中庸的でこれといった個性を持たない。インスツルメンツパネルの造形や変形4本スポークのステアリングなどは、ほとんどブルーバードと同じイメージ。ただし、基本となるコンセプトが「スポーティー」であったから、豪華快適装備一辺倒ではなく、内外装の細部のデザインには相当スポーティーな風味が加えられている。おそらく、日本的な豪華仕様はヨーロッパでは通用しなかったからだと思われる。
 1980年代半ば以降、日本車のデザインは急速に国際化を果たしたが、その急先鋒となったクルマが3代目日産オースターであった。