BMW2002 【1968,1969,1970,1971,1972,1973,1974,1975,1976,1977】

BMWイズムが凝縮した傑作スポーツサルーン



BMWの原点は航空機のエンジン製造

 BMW車のシリーズに2002と呼ばれる2リッタークラスの2ドアセダンが登場したのは、1968年1月にベルギーのブリュッセルで開催された第47回ブリュッセル・モーターショーのことだった。車名の2002は、当時BMWの乗用車シリーズにすでにBMW2000があったため、それと区別するために2000cc級のシリーズII、さらに2ドアモデルという意味を加味して2002としたもの。2002はミドルクラスのスポーティセダンとして大ヒットし、BMWのドル箱的存在となった。現在の3シリーズの原点である。

 BMWというメーカーの創業は1916年。ヨーロッパは第一次世界大戦の最中にあり、ドイツやオーストリアを中心とした同盟国側と、フランス、英国を中心とした連合国側はヨーロッパ大陸で戦火を交えていた。

 第一次世界大戦の大きな特徴は航空機が戦力の柱となったことだった。各国は航空兵力の拡充に力を入れることになる。BMWは同盟国側の戦闘機や爆撃機に使われた航空機用エンジンの増産を目的に、1911年に創業していたグスタフ・オットー飛行機製作所を改組して誕生したエンジン製造専門メーカー。

 新会社の名はBayerische Motoren Werke GmbH(バイエリッシュ・モートレン・ヴェルケ=バイエルン・エンジン製造有限会社)で、そのイニシャルがBMWとなる。エンブレムは空と雲を示す青と白の部分を航空機のプロペラを意味する十字で切ったもので、周囲にBMWの文字が入る。これは今日まで基本的に変わらずに使われている。

“ノイエ・クラッセ”をルーツとした2ドアモデルの開発

 BMWは1961年開催のフランクフルト・ショーで、本格的な小型セダンであるBMW1500シリーズを発表する。“ノイエ・クラッセ(ニュークラスの意)”と呼ぶ
意欲的な4ドアセダンは、イタリアンデザイナーのジョバンニ・ミケロッティによるモダンなスタイリングと排気量1499ccの直列4気筒OHCエンジンを備えていた。1500は高性能とお買い得な価格設定で人気車種となる。この1500こそ、2002の直接的なルーツとなるモデルだった。

 2002は1966年にデビューした1600-2を直接的なベースとして開発される。1600-2は主要なマーケットであるアメリカからの強い要望で生まれたスポーティモデルだった。4ドアモデルである1600のホイールベースを50mm短縮し、車重を130kgも軽量化した2ドアモデルだ。エンジンは排気量1573ccの直列4気筒OHCで、最高出力は85hp/5700rpmとなっていた。最高速度は162km/hと十分なものであった。この1600-2の発展型として登場したモデルが、1968年にデビューする2002というわけだ。

02シリーズの代表モデル「2002」のデビュー

 旧くから小型軽量なボディに比較的排気量の大きな、つまりパワフルなエンジンを組み合わせる手法は、高性能車を造る際に最も効果的である。1600-2の潜在能力の高さを知っていたBMWは、4ドアセダンの2000で使われていた排気量1990ccの直列4気筒OHCエンジン(最高出力100hp/5500rpm)を組み合わせ、高性能2ドアセダンを仕立てた。

 2002は基本的なシャシー・コンポーネンツを1600-2から流用していたが、トランスミッションには4速マニュアルと3速オートマチックが揃えられていた。また、性能向上に合わせて後車輪のドラムブレーキの径を大きくして容量拡大を図っている。ボディサイズは全長4230mm、全幅1590mm、全高1410mm、そしてホイールベースは2500mmである。車重は990kgで、ベースモデルの1600-2より50kgほど重くなっている。サスペンションは前がマクファーソンストラット/コイルスプリング、後はセミトレーリングアーム/コイルスプリングの4輪独立方式となる。

 2002のバランスに優れた前後サスペンションシステムは、その後の日本車のサスペンション設計に決定的な影響を与えることになり、同工異曲のサスペンションの氾濫という現象を引き起こした。ブレーキは前がディスク、後はドラムで、サーボ機構を備える。タイヤは165R13サイズのラジアルが標準装備された。

小型スポーツサルーンの代表に成長

 2002はデビューするや、その剽悍なハンドリングと高性能で大きな人気を集め、サーキットレースやラリーで大活躍を見せる。

 スポーツセダンとしての地位を確立した2002は、キャブレターを2基に増設して120hp/5500rpmへパワーアップした2002ti(1968年)やクーゲルフィッシャー社製燃料噴射装置を装備した2002tii(1971年)、さらに量産車としては世界最初の例となるKKK製ターボチャージャーを装備して170hp/5800rpmへとスープアップした2002ターボ(1973年)など数多くのバリェーションモデルを生み出した。

 生産は、基本的なスタイリングを変えることなく、1977年まで継続されカブリオレやツーリングと呼ばれるハッチバックモデルもあった。ロングライフは2002の基本設計の優秀さを物語るものだった。