インフィニティQ45 【1989,1990,1991,1992,1993,1994,1995,1996】

高級車の新たな基準を目指した意欲作



コンセプトカーCUE-Xをベースに開発

 日産は1989年9月に、アメリカ市場で新型の大型4ドアセダンであるインフィニティQ45を発表した。この量産型インフィニティQ45は、1985年10月に開催された第26回東京モーターショーに日産が出品展示したコンセプトモデルのCUE-X(キュー・エックス)を基にしたもので、側面のウインドウが左右3個ずつの計6個となる6ライトのグリーンハウスや空力重視のスタイリング、グリルレスのフロントエンドなど、スタイリング上ではCUE-Xには後の市販型Q45に共通する部分が多く見られる。

 ちなみに、車名のインフィニティ(Infinity)とは限りない発展を意味する英語であり、QはベースとなったコンセプトモデルのCUEと同じ発音のアルファベットで、やはり英語で物事のきっかけを意味するもの。数字の45はエンジン排気量を表している。この車名を見ても、日産がこのクルマに掛ける期待の大きさが分かる。

グリルレスの斬新なスタイリングを採用

 日本市場へは、アメリカでの発表に遅れることほぼ1ヶ月の1989年10月7日に発表され、翌11月8日から発売された。ボディーサイズは全長5090mm、全幅1825mm、全高1425mm(アクティブサスペンション仕様)、ホイールベース2880mmとなっており、アメリカ市場では直接のライバルとなるメルセデス・ベンツSクラスよりもわずかに大きい。さらに、車体重量は1830kgに達しており、おなじくSクラスよりも数段重くなっている。動物の世界と同様、わずかでも大きく重いボディーを持つことは、それだけで相手よりも色々な面で有利になるという事なのだろうか。

 インフィニティQ45のフルモノコック構造を持つ5人乗り4ドアセダンのボディスタイリングは、ウインカーを含んだ横長のヘッドライトやグリルレスのフロントエンド、徹底したフラッシュサーフェス化などにより実現した空気抵抗係数(Cd)=0.30など、コンセプトモデルのCUE-Xのイメージを随所に生かしたものとなっていた。

 インテリアもデザインや装備は、多くのライバルと比較しても、見劣りしないレベルにある。基本的にQ45はドライバーのためのクルマとされている。前後、左右のサポートに優れるスポーティーな形状の前後シートは、本革張りまたはウールファブリック張りが選べる。入念な仕上がりを見せる革張りのシートと内装は英国コノリーレザー製で、当時コノリー社にはインフィニティQ45のシートや内装を造るための専用の工場が建てられたほどだった。インスツルメンツパネルやセンターコンソールのスタイルはドイツ製高級車を想わせるものであり、過度な装飾やアンバランスな部分はない。誰が乗っても普通にドライブすることができる。

パワフルで信頼性に優れたV8を新開発

 搭載されるエンジンは、当時の日産の最高級セダンであるプレジデントなどに使われていたものとは別のQ45のために新たに開発されたVH45DE型。排気量4494ccのV型8気筒(DOHC32バルブ、出力280ps/6000rpm、最大トルク40.8kg・m/4000rpm)。圧縮比は10.2で電子制御燃料噴射装置を装備する。

 特別な高級車だから、V型12気筒などの可能性もあったわけだが、アメリカ市場での人気の高さや整備性の良いことなどの理由からV型8気筒としたのだという。トランスミッションは4速オートマチックのみで、シフトレバー位置はフロアシフトとなる。法人向けや公用車向けとしてコラムシフト仕様は設定されない。駆動方式はフロント縦置きエンジンによる後輪駆動のみで、4輪駆動仕様はない。

量産車世界初のアクティブサスペンションを設定

 サスペンションは、構造的には前後輪ともコイルスプリングを持ったマルチリンク方式だが、量産車での装備は世界初となった油圧を用いた凝った構造を持つ前後アクティブサスペンションも設定していた。アクティブサスペンション仕様は走行時におけるボディの前後、左右、上下の動きを各部に付けられた6個のセンサーからの信号を受け、車載のマイクロコンピューターで演算し、各輪に付けられた圧力タンク(スプリングとショック・アブソーバーの役目を兼ねる)の圧力を瞬時にコントロール、車体を安定して走らせるというシステムであり、セレクションパッケージに標準装備された。ブレーキは4輪ディスクでサーボ機構を持つ。タイヤは215/65R15サイズとなる。

 メルセデス ベンツやBMW、ジャガー、キャディラックといった世界の超高級車をライバルとして満を侍して登場したインフィニティQ45であったが、同じ時期に登場したトヨタのセルシオ(レクサスLS)と比較して、完成度のレベルではわずかに及ばなかった。また、アメリカ市場はもとより、日本市場でもグリルレスのフロントエンドのデザインが受け入れられず、急遽1993年9月以降はダミーのグリルを取り付けるなどしたが販売的には低調だった。1996年末に生産を中止している。