レンジローバー・イヴォーク 【2010,2011,2012,2013,2014,2015,2016,2017,2018,2019】
老舗が作った斬新プレミアムコンパクトSUV
2000年代後半の自動車マーケットでは、新カテゴリーのクルマがワールドワイドで注目を集めていた。コンパクトカークラスのプラットフォームをベースに車高を高め、同時にスタイリッシュな車両デザインを導入したクロスオーバータイプのコンパクトSUV(スポーツユーティリティビークル)である。
ユーザー側としては、コンパクトハッチバック車よりも見栄えがよくて所有欲をそそり、しかもミッドサイズSUVよりも価格が安いのが魅力だった。メーカー側としても、コンパクトカーと共通のプラットフォームで高効率に、しかもコストをかけずに新型車を開発できる利点があった。さらに市場の状況としては、環境対策のためのダウンサイシング化が緊急の課題−−。クロスオーバータイプのコンパクトSUVは、まさに時代の要請に則して出現した新ジャンルカーだった。
コンパクトSUVのカテゴリーは、まだまだ発展する。しかも国際戦略車の大きな柱になる可能性が高い−−そう判断した多目的車およびSUVの老舗メーカーであるランドローバーの首脳陣は、早急にコンパクトSUVの企画を立ち上げる。目指したのは、同社が蓄積してきた4WD技術を存分に盛り込んだ軽量コンパクトな小型SUVの創出だった。
ランドローバーの新しい小型SUVは、コンセプトモデルが2008年1月開催のNAIAS(北米国際自動車ショー)で初披露される。車名はLand Roverの頭文字にクロスオーバーおよび未知なるモデルのXをかけた「LRX」で、パワートレインには2Lディーゼルのハイブリッドユニットを搭載。また、駆動機構にはエレクトリック・リアアクスル・ドライブ(ERAD)と称するモーター駆動の4WDシステムを採用し、同クラスのSUVと比べて最大30%の燃費向上とCO2排出量120g/kmを実現する。スタイリングについては、3ドアハッチバックをベースとしたクロスオーバークーペデザインで構成。サイドウィンドウとルーフには、SABICの軽量プラスチック材料を使用する。インテリアには、クロムフリーでリサイクル可能なレザー材やアルミパーツをふんだんに採用していた。
その完成度の高さや市場の状況から、自動車マスコミはLRXの市販化は秒読みと予想する。事実、ランドローバーでもできるだけ早いスケジュールでの量産化と発売を計画していた。しかし、外的要因がそれを拒んだ。後にリーマン・ショックにつながる米国のサブプライム住宅ローン危機が深刻化したのだ。この余波を受けて、ランドローバーを傘下に収めるフォードは経営状態が逼迫。打開策の一環としてフォードは、2008年3月にランドローバーとジャガーの売却をインドのタタ・モーターズとのあいだで合意し、同年6月にその計画が実行された。
タタ・モーターズ傘下に入ってJLR(ジャガー・ランドローバー)を形成し、経営の再構築を図ったランドローバー。そこに、英国政府からひとつの提案がなされる。新しいSUVの生産などを英国ヘイルウッド工場で実施することを条件に、補助金を支給する旨を持ちかけられたのだ。最終的にJLRは、この提案を受諾。2009年3月に、政府から最大2700万ポンドの補助金を受けると発表した。
タタ・モーターズの傘下に入って経営環境を安定化させ、また英国政府の補助を受けて開発・生産体制の見直しを図ったランドローバーは、進行が遅れていた新しい小型SUVの企画を急ピッチで推し進める。そして、2010年7月にレンジローバー誕生40周年を祝ってファッション誌の『VOGUE』と共同開催するイベントの場でLRXの市販版を発表。車名を「レンジローバー・イヴォーク」とした新型SUVは翌2011年7月より生産を開始し、本国を皮切りに順次世界市場で発売した。ちなみに日本には、2011年開催の第42回東京モーターショーへの出品を経て、2012年3月よりジャガー・ランドローバー・ジャパンの手によって販売された。
市販されたイヴォークの基本骨格は、フリーランダー2に採用するLR-MSプラットフォームをベースに90%以上のパーツを新設計して構成される。ホイールベースは2660mmに設定。ボディは高張力鋼板および超高張力のボロンスチールを要所に配した専用モノコックで仕立て、3ドアハッチバックのクーペと5ドアハッチバックの2タイプをラインアップした。
サスペンションはフロントにマクファーソンストラット/コイル、リアにリンクストラット/コイルの4輪独立懸架を採用。大径のガスダンパーや専用セッティングのスプリングおよびブッシュを組み込み、しなやかでストロークの長い足回りに仕上げる。また、先進のマグネライド(MagneRide)連続可変ダンパーを用いたアダプティブダイナミクスシステムも選択可能とした。操舵機構には細かな改良を施した電動パワーアシストステアリング(EPAS)をセット。制動機構は前ベンチレーテッドディスク/後ディスクで、ABS/EBD/HDC/GRC/EBA/CBC/電動パーキングブレーキといった先進システムを装備する。
横置きに搭載するエンジンは、Si4ガソリン直噴ユニットの1998cc直列4気筒DOHCターボ(240ps)とコモンレール式ディーゼルユニットの2179cc直列4気筒ディーゼルターボ(150psと190psの2種)を採用。トランスミッションにはアイシンAW F-21・6速ATとゲトラグM66EH50・6速MTを組み合わせた。駆動システムにはテレイン・レスポンスを備えたフルタイム4WDと2WDのFFを設定。走行安定装置として、EDC(エンジンドラッグトルクコントロール)/DSC(ダイナミックスタビリティコントロール)/RSC(ロールスタビリティコントロール)/ETC(電子制御トラクションコントロール)なども採用していた。
ランドローバーのチーフデザイナーであるジェリー・マクガバンが主導した車両デザインについては、コンセプトカーのLRXのスタイリングを忠実に再現することに主眼に置く。具体的には、ドラマチックにせり上がるベルトラインや車両全長に渡って走る筋肉質なショルダー、テーパー形状のフローティング・ルーフライン、くさび形のウィンドウグラフィック、ブラックアウト化した各ピラー、丸形をモチーフとしたLEDヘッドランプと2本のバー状に仕立てたハニカム形状のグリルによる力強いフロントマスクなどで新世代のレンジローバー車らしいプレミアムでスタイリッシュなエクステリアを構築した。また、装備別にベーシックの「Pure」、上級仕様の「Prestige」、スポーツ志向の「Dynamic」という3つのデザインテーマを創出する。
インテリアに関しては、力強くてクリーンなアーキテクチャーを骨格に、レンジローバーの伝統と現代的な新しさを高次元で融合させる。コクピットは安定感のある水平要素のインパネと大胆に傾斜させたセンターコンソールをベースに構成。また、ATはダイヤルセレクターで、テレイン・レスポンスはスイッチ操作で切り替えを行う仕組みとした。
レンジローバー史上最も軽量かつコンパクトで、しかも環境に優しいという特性を備えたイヴォークは、発売後すぐに1万8000台あまりの受注を抱えるほどの人気モデルに成長する。その好調なセールスを維持し、さらにプレミアムコンパクトSUVとしての性能をいっそう高めようと、開発陣は積極的にイヴォークのリファインを図っていった。
2013年モデルでは、フロントグリルへの“LAND ROVER”オーバルバッジの貼付やボディカラーの変更などを実施。また2013年3月には、Dynamicにブラックデザインパックを設定する。2014年モデルになると、大がかりなアップデートを敢行。新開発のZF 9-HP・9速ATの採用やオンデマンド式4WDシステムのアクティブ・ドライブラインの設定、7種のドライバーアシスト機能の追加、内外装の一部デザイン刷新などを行った。さらに2015年モデルでは、ラグジュアリー感をいっそう強調した2種の「Autobiography」モデルをラインアップ。このうち「Autobiography Dynamic」は、285psの最高出力を発生する2l ガソリンターボエンジンに専用セッティングのシャシーを組み込んでパフォーマンスを引き上げていた。
2016年モデルではランドローバー初となるオールLEDアダプティブヘッドランプを採用するとともに、ディーゼルユニットに新世代の“INGENIUM(インジニウム)”エンジンのTD4(1999cc直列4気筒ディーゼルターボ)を設定する。EUの排ガス規制EURO6を満たすINGENIUMエンジン搭載車は、150ps仕様が燃費68mpg(4.2L/100km)/CO2排出量109g/km、180ps仕様が同59mpg(4.8L/100km)/125g/kmを実現していた。
2016年モデルを展開中の2015年11月には、新しいボディバリエーションとなる「コンバーチブル」をロサンゼルス・ショーの場で発表し、2016年春に発売開始とアナウンスする。プレミアムコンパクトSUVでは初となるオープンボディで仕立てた同車は、Z型に格納される防音仕様の電動開閉式ソフトトップを採用。時速48km/hまでは走行中での開閉も可能とした。オープンボディ化に当たってはピラーやキャビンまわりなどを徹底して補強。万が一の転倒に備えてリア部には展開式ロールオーバーバーを収納する。室内は4シーターレイアウトで構成し、フロントシートヒーターやオックスフォードレザー表地などを設定した。
世界市場で高い人気を獲得したイヴォークは、2016年2月に累計生産台数50万台を達成する。4年半あまりでの50万台到達は、ランドローバー史上最速の偉業だった。