ダイハツ
1970年代
1980年代

タフト

コンパクトながらパワフルな本格4WD
ジープやジムニーなどオフロードを走る多目的車が、 マニアのハートを捉えた1970年代半ば。 扱いやすい1リッターエンジンを 搭載してデビューしたタフトは、 ダイナミックは走りを小柄なボディに凝縮。 レジャーカーとしての魅力に溢れ、注目を集めた。
スズキ
1970年代

フロンテ

2ストロークエンジンへの執念
カローラやサニーなどのマイカーが 一般に普及し始めた1970年代の初頭、 ボトムラインを支える軽自動車にも より快適性が求められるようになる。 そんな状況のなかで鈴木自工は、 主力車種のフロンテを新型に切り替えた。
スバル
1970年代

レックス5 AⅡG

新規格Kカーのパイオニア
1976年4月、三菱からミニカ5が 発売となったのとほぼ同時期に、 やはり500ccユニットを搭載して スバルからレックス5が発売。 軽自動車の新規格化を踏まえてのデビューだった。 ライバルに比べての大きなアドバンテージは、 ボディそのものの拡大にあった。
スバル
1960年代
1970年代

ff-1

ライバルを凌駕したFF&フラット4
性能は素晴らしいが、内外装が地味。 富士重工が開発した小型車のスバル1000には、 そんな風評がつきまとっていた。 そこで富士重工の開発陣は スバル1000の大改良を実施。 ff-1の名で市場に送り出す。
ホンダ
1970年代
1980年代

シビック

“スーパー・シビック”の登場
CVCCの開発でいち早く排出ガス規制を 克服した本田技研は、 1979年に基幹車種のシビックの フルモデルチェンジを実施する。 1980年代に向けた新しい小型車は、 初代のコンセプトを踏襲しながら、 大幅なリファインを図っていた。
ホンダ
1970年代
1980年代

アコード・サルーン

ワールドカーに成長。快適さを徹底追求
クルマが多用途化していく時代にあって、 アコード・サルーンの開発陣は、 まず快適性を重視した。 アコード3ドアの魅力をそのままに、 パッセンジャーのすべてが 疲れを感じることのないトータルな快適性を追求。 充実の装備や高い質感も備えた。 世界市場を目指す上級サルーンが誕生した。
日産
1970年代

チェリー

革新の合理設計。日産初のFFモデル
1960年代後半の日産自動車のエントリーカーは、 サニーがその役割を担っていた。 しかしカローラとのシェア争いで、 ボディの大型化や装備の高級化を余儀なくされる。 新たな入門車の開発が急務となった首脳陣は、 合併したプリンス自動車の開発途中のモデルに 白羽の矢を立てた――。
プリンス
日産
1960年代
1970年代

グロリア

縦目4灯。プリンス自動車の遺産
業績好調の日産自動車は、 その勢いを誇示するような政策を 1966年8月に実施する。 独自の高い技術を持ち、 レースの世界でも活躍していた プリンス自動車工業の吸収合併だ。 合併後の1967年4月、 プリンスの最上級車種だったグロリアが 「日産グロリア」の名でデビューする。
プリンス
日産
1960年代
1970年代

グロリア(総論)

プリンスが培った技術力を備えた秀作
新世代グロリアの開発を進めていたプリンスの開発陣。 プリンスの名に恥じない高級サルーンを目指していた。 しかし、1966年に日産との合併が現実のものに。 1959年の初代から数え3代目となった グロリア(A30型)は、日産の名を冠し登場することになる。
プリンス
日産
1960年代
1970年代

プリンス・ロイヤル

高い技術力で作り上げた国産御料車
日本屈指の高い技術力を持ち、 数々の名車を生み出してきたプリンス自動車。 その究極形といえるモデルが、 国産初の御料車として採用された プリンス・ロイヤルだろう。 しかし、このモデルが宮内庁に納入されるまでには、 さまざまなドラマがあった。