1300・77 【1969,1970,1971,1972】
独創メカニズムを満載。ホンダ初の量産小型乗用車
モーターサイクルや軽自動車のNシリーズの成功、そしてF1を筆頭とする世界的なレース活動の展開によって、自動車メーカーとしての礎を着実に築いていった本田技研工業。先進的かつ独創的な車両造りを実践する同社の積極姿勢は、1960年代後半に入るといよいよ小型乗用車の開発に力が注がれることとなった。
ホンダ・ブランド初の本格的な量産小型乗用車は、1969年4月になってついに正式発表される。車名は「ホンダ1300」(H1300型系)。ボディは4ドアセダンの1種で、シングルキャブエンジン仕様の「77」と4キャブエンジン仕様の「99」という2タイプを設定した。
ホンダ1300にはF1用ユニットの技術をフィードバックした空冷式のH1300E型1298cc直4OHCエンジンが搭載されていた。他社の小型車用エンジンが水冷式を採用するなか、あえて空冷式を選択したのには大きな理由がある。同社の最高責任者である本田宗一郎氏が、「水冷式でも最終的に水を冷やすのは空気。それなら水が通る複雑な機構をあえて採用する必要はない」という理屈から空冷式に絶対の自信を持っていたのだ。ただし、冷却効率やノイズの面では空冷式は不利だった。これを解消するために開発陣は、DDAC(デュオ・ダイナ・エア・クーリング・システム)と呼ぶ一体式二重壁構造を設計する。
水冷式のウォータージャケット相当部に冷却風を送り込み、走行中のラム圧で外部からも冷却するこの二重冷却方式は、有効なクーリング性能を発揮した。しかし、ユニット自体が大きくなってしまったために、車両重量はライバル車より100kg前後重くなる。一方、出力特性に関しては競合車を圧倒的にリード。パワー&トルクは77のシングルキャブ仕様で100ps/10.95kg・m、スポーツ仕様の99の4キャブ仕様では115ps/12.05kg・mを絞り出した。
ホンダ1300は内外装の演出も凝っていた。セダンの基本フォルムは、直線と曲線を巧みに融合させたシャープなデザインで構成。フロント部は分割式グリルと角目2灯式ヘッドランプ(77。99は丸目2灯式)を組み合わせて個性的なマスクを創出する。コンビネーションランプを横長のガーニッシュと一体造形に仕立てたリア部のアレンジも人目を引いた。
内装は木目を多用したインパネや丸型3連タイプのメーター、3本スポークのステアリングなどを配してスポーティかつ豪華な雰囲気に仕上げる。駆動レイアウトにFFを採用した効果で、床面はフラット。前席にはリクライニング機構と高さ調整式ヘッドレストを内蔵し、空調ではフレッシュエアアウトレット付き完全換気システムを装備した。
シャシーに関しては、フロンにマクファーションストラット式を、リアにクロスビーム式サスペンションを採用し、路面追従性に長けた四輪独立懸架を形成する。ステアリング機構には操縦性に優れるラック&ピニオン式を採用。ブレーキはフロントにサーボ付きディスク、リアにリーディングトレーリングを装備する。さらに、不快な振動を抑制する目的でエンジンマウントにはT型エクステンションを組み込んだ。
独自技術を満載したホンダ1300は他社の2リッタークラスに匹敵するパフォーマンスを実現し、“100馬力のスポーツセダン”をキャッチフレーズにユーザーの注目度を高めていく。さらに、1969年12月には低中速トルクの見直しを実施。1970年2月には“イーグルマスク”を備えたクーペ7/9を追加し、翌月には1300・77/クーペ7のATモデルを設定した。
1970年11月になるとセダンモデルのマイナーチェンジを行い、車名はシンプルに「ホンダ77」に改められる。最大の変更点はフロントマスクで、独立したグリルに丸型2灯式ヘッドランプを組み合わせる仕様に切り替わった。同時に、リアセクションやインスツルメントパネルなども新デザインに換装される。またこの時、4キャブ仕様の99シリーズはカタログから外れた。
高性能な空冷エンジンで小型車市場を突き進むかに見えた本田技研だが、1970年代初頭になると大きな問題が立ちはだかった。大気汚染問題に端を発する排出ガス規制だ。この状況に対して開発部隊は、「シリンダーの熱変化が大きい既存の空冷方式では、燃焼の均一化と緻密な制御が必須条件の排出ガス規制に対応できない」という結論に達し、エンジンの水冷化を推進する。小型車用エンジンでは、EB1型と呼ぶ1169cc水冷直4OHCユニットを完成させて新世代小型車のシビックに搭載(発売は1972年7月)。その後、1300シリーズ用に排気量を拡大したEB5型1433cc水冷直4OHCを作り上げた。
水冷エンジンに変更された1300シリーズは、排気量にちなんで「ホンダ145」と車名を変え、1972年10月に発表(発売は同年11月)される。ホンダ145は空冷エンジンの従来モデルに比べてノーズが軽くなり、クセの強いハンドリングが解消された。またピーキーだった出力特性も、よりマイルドになる。1300に比べて小型乗用車としての実力が高まった145。一方、熱心なホンダ・ファンからは「F1直系のエンジンが失われてしまった」などと残念がられたのである。