マスタング 【2005,2006,2007,2008,2009,2010,2011,2012,2013,2014】
初代のイメージを再現した5代目 “野生馬”
2000年代初頭のフォード・モーター社は、同社の創立100周年記念事業として「リビングレジェンド(受け継がれる伝説)プロジェクト」を積極的に推し進めていた。栄光の伝統を受け継ぎながら、現代的な息吹を与えたニューモデルを創出する−−。その一環として行われたのが、S-197のコードネームを冠した新世代スペシャルティカーの開発、すなわちマスタングの全面改良だった。
企画を主導したのは、同社のチーフエンジニアであるホー・タイ・タン。開発における最大のチャレンジは「機能、コストの両面において、ベーシックなV6から高性能モデルのV8までをひとつのプラットフォームでカバーすること」だったという。また、スタイリングについては1960年代の初代マスタングをモチーフに、オリジナルのエッセンスを現代に蘇らせることを目指した。
プラットフォームに新設計のD2C(D-class 2-door Coupe)タイプを採用した新型マスタングは、まず2003年1月開催の北米国際自動車ショー(NAIAS)においてプロトタイプモデルが初公開される。ボディタイプはクーペとコンバーチブルが出展され、クーペはタングステンシルバー、コンバーチブルはレッドメタリックのボディカラーで華やかなフォルムを彩っていた。
市販モデルとなる第5世代のマスタングは、2004年9月より生産を開始し、翌10月に2005年モデルとしてデリバリーをスタートさせる。ボディシェルには高剛性かつ衝撃吸収に優れる新設計の“セーフティケージ”構造を取り入れ、ホイールベースは107.1インチ(2720mm)に設定。ボディタイプはクーペとコンバーチブルを用意し、コンバーチブルには耐候性に優れる電動開閉式の5つ折りZホールドトップを組み込んだ。懸架機構はフロントがマクファーソンストラット/コイル、リアがパナールロッド付3リンク/コイルで、前後ともにスタビライザーをセット。制動機構には前後ベンチレーテッドディスクブレーキを採用した。先進の安全機構として“パーソナルセーフティシステム”を導入。この機構は、あらゆる前方衝突において乗員のシートポジションや衝突の深刻度などから衝撃度を計測・分析し、運転席・助手席SRSデュアルステージエアバッグとフロントシートベルトプリテンショナーの展開タイミングを最適化する仕組みだった。
搭載エンジンは4606cc・V8OHC24Vと4009cc・V6OHCをラインアップした。V8ユニットはアルミ製シリンダーブロックにアルミ製ヘッド、マグネシウム製カムカバーなどを採用して大幅な軽量化を達成。さらに、クランクシャフト角度に対して最大50度までカム角度を変化させるデュアルVCT(バリアブルカムシャフトタイミング)や可変吸気システムも組み込んだ。パワー&トルクは224kW(304ps)/5750rpm、433Nm(44.2kg・m)/4500rpmを発生する。
V6ユニットは、軽量かつコンパクトな設計やショートストローク(ボア100.4×ストローク84.4mm)のレイアウトなどを特長とし、パワー&トルクは157kW(213ps)/5300rpm、325Nm(33.1kg・m)/3500rpmを絞り出す。トランスミッションには、5速MT(V6はT-5、V8は強化型のTR-3650)と5速AT(5R55S)を組み合わせた。
スタイリングに関しては、「マスタングをマスタングたらしめた数々のデザインアイコンに敬意を捧げながら、新たな歴史を切り開くために大胆な進化を遂げること」をテーマに造形を手がける。基本フォルムは伝統のロングノーズ&ショートデッキで構成。また、ボディサイドのCスクープや3連リアコンビネーションランプなどのアレンジも初代から受け継いだ。一方、ボリューム感のあるエンジンフードや伸びやかなサイドライン等によってルックスの新鮮味と野性味を強調。さらに、V8モデルとV6モデルとでそれぞれ専用デザインのフロントグリルを組み込み、グレードごとの個性を際立たせた。
インテリアについては、クラシカルな味わいとシャープなモダニズムを巧みに融合させたことが訴求点。インパネはアルミ調パネルを貼ってスポーティかつ華やかな雰囲気に仕立てる。また、メーター類のバックライトに125色から選択・調整できる“Myカラーイルミネーション”を設定した。ステアリングには3本スポークタイプを採用し、中央には赤・白・青の3本線とギャロッピングホースが交錯する伝統のエンブレムを配置。シフトレバーにはショートストロークタイプをセットした。
往年のマスタングを彷彿させるルックスや進化したパフォーマンスで脚光を浴びた5代目マスタングは、販売も順調に推移し、デビュー年の2005年モデルでは16万975台、翌2006年モデルでは16万6530台のセールスを記録する。2006年からはフォード・ジャパン・リミテッドによる正規輸入も開始された。
大がかりなマイナーチェンジは、2010年モデル(2009年3月発売)で行われる。外装ではHIDヘッドランプを組み込んだ新造形のフロントマスクやパワードームが隆起するエンジンフード、よりエッジを利かせたサイドライン等で新しさを主張。ルーフ形状の変更などによって空力性能も引き上げる。また、1964年のデビュー以来で初となるギャロッピングホースのデザインリニューアルも実施した。内装ではステアリングやシフトノブ、メーター、スイッチ類のデザインを変更する。
メカニズム面では、V8ユニットにコールドエアー・インダクションを組み込むなどして燃焼効率をアップさせ、パワー&トルクは235kW(319ps)/6000rpm、441Nm(44.9kg・m)/4250rpmへと向上。また、安全機構としてアドバンストラックやブレーキアシスト、SOSポスト・クラッシュ・アラート(衝突後警音機等作動システム)、リアビューカメラシステム、IKT(Integrated Keyhead Transmitter)などを新たに採用した。
2011年モデルになると、エンジンの変更が実施される。V8は4951cc・V8DOHC32V、V6は3721cc・V6DOHC24Vへと換装されたのだ。2ユニットともにDOHC4バルブヘッドとTi-VCT(Twin independent Variable Camshaft Timing)を新採用。パワー&トルクはV8ユニットが307kW(418ps)/6500rpm、529Nm(53.9kg・m)/4250rpm。V6ユニットが227kW(309ps)/6500rpm、378Nm(38.7kg・m)/4250rpmを発生する。
2013年モデルでは、内外装の仕様変更が行われる。外装では新造形のバンパーやLEDシグネチャーランプ、ブラックアウトデッキリッド、LED3連リアコンビネーションランプを採用。内装では新デザインのメーターやシフトノブ、Track Apps(走行タイムやGフォースなどの数値を4.2インチカラーLCD画面に表示)が組み込まれた。また、V8ユニットは設定変更により最高出力が313kW(426ps)にアップ。さらに、セレクトモード付電動パワーステアリング(EPAS)の導入やシャシーの設定変更も行われ、よりシャープで快適なハンドリングと乗り心地を実現した。
5代目は、フォード社のスペシャル・ビークル・チーム(SVT)がキャロル・シェルビーのアドバイスを受けながら開発した高性能版マスタングを、「シェルビーGT」の車名で発売した。初代以来の復活となるシェルビーGTは、2006年モデルとして238kW/447Nmを発生するV8エンジンを積んだGT-H(Hはレンターカー会社で同モデルをオーダーした“Hertz”に由来)が、2007年モデルからは5408cc・V8DOHC32Vスーパーチャージャーエンジン(373kW/650Nm)+6速MT(TR6060)を搭載したGT500がラインアップされる。そして2008年モデルでは、403kW/691NmまでパワーアップしたGT500KR(KRは“King of the Road”の意味)をリリースした。
ベースモデルがビッグマイナーチェンジを果たした2010年モデル以降もシェルビーGT500は設定され、2011年モデルになるとSC付5.4l ・V8エンジンの最高出力は410kWにまで引き上がる。さらに、2013年モデルでは5811cc・V8DOHC32Vスーパーチャージャーエンジン(494kW/856Nm)で武装した進化版のGT500を市場に送り出した。
往年のスタイリングの現代的な再現、さらにシェルビーGTの復活と、まさに“リビングレジェンド”を地でいった第5世代のマスタング。2014年4月には第6世代のマスタングが2015年モデルとして発売されるが、アメ車らしい“FREEDOM”を強く感じさせるルックスと走りが存分に楽しめる5代目は、コアなスポーツカーファンに愛されつづけた。歴代のなかで初代に匹敵する“マスタングらしさ”が具現化された新しいレジェンド−−それが5代目マスタングである。