公開済み: 2021年1月20日更新: 2021年1月20日記事カテゴリー: 歴史館 日産 1990年代 レパード 【1996,1997,1998,1999】 4ドアHTボディを採用した高級スポーティサルーン 記 事 諸 元 ギャラリー 会員登録(無料)でより詳しい情報をご覧いただけます →コチラ 続きを読むにはログインして下さい。 Tweet Tweet 記 事 諸 元 ギャラリー 123
日産オースチン 1950年代1960年代 A50ケンブリッジサルーン 乗用車作りを学んだ日産の記念碑 日産が“技術の日産”として発展し 世界をリードするクルマを作り出した裏には よき師の存在があった。英国のオースチンである。 先進の乗用車作りを学ぶため日産は1952年に英国オースチンと提携。 主力モデルだったA40サマーセットサルーンのノックダウンを開始する。 1955年、A50ケンブリッジサルーンに生産車をスイッチしてからは 国産化が進み、1956年8月には完全な国産化を達成した。 日産がオースチンで培った技術はブルーバードやセドリックに発展し、 日本のモーターリーゼーションの牽引者の地位を明確にする。 公開済み: 2021年10月27日更新: 2021年10月27日記事カテゴリー: 歴史館