いすゞ
1980年代

アスカ

GMのワールドカー戦略の日本版
いすゞ自動車は1971年にGMと資本提携し、 GMのワールドカー戦略の一端を担うようになる。 まず最初に“Tカー”、いすゞ版では初代ジェミニを発表。 1980年代に入ると、GMは新たな“Jカー”構想を立ち上げ、 いすゞ版では「アスカ」の名で市販に移された。
スバル
1980年代

レックス・セダン

人気の軽。FFに移行した2代目モデル
スズキがリリースした商用車登録の軽自動車、 いわゆるボンネットバンの大ヒットによって、 日本の軽自動車市場は再び活気を取り戻す。 各メーカーもこぞって新型車をリリース。 富士重工はレックスを2代目に移行させ、 ついにFF方式のレイアウトを採用した。
スバル
1970年代

レックス5 AⅡG

新規格Kカーのパイオニア
1976年4月、三菱からミニカ5が 発売となったのとほぼ同時期に、 やはり500ccユニットを搭載して スバルからレックス5が発売。 軽自動車の新規格化を踏まえてのデビューだった。 ライバルに比べての大きなアドバンテージは、 ボディそのものの拡大にあった。
スバル
1960年代
1970年代

ff-1

ライバルを凌駕したFF&フラット4
性能は素晴らしいが、内外装が地味。 富士重工が開発した小型車のスバル1000には、 そんな風評がつきまとっていた。 そこで富士重工の開発陣は スバル1000の大改良を実施。 ff-1の名で市場に送り出す。
ホンダ
1980年代
1990年代

インテグラ

上級感も携えた初のVTECモデル
シビックとアコードとの間を埋める モデルとして登場したクイントから9年。 インテグラの名を冠する車種としては 2世代目となったモデルは、 上級な仕様へと進化して登場。 スペシャルティな個性が輝いた 魅力的な1台としてユーザーに支持された。
ホンダ
1980年代
1990年代

プレリュード

ホンダの最新技術を結集した3代目
中嶋悟選手がロータス・ホンダを駆って フォーミュラ1に進出した1987年、 ホンダ技研はFFスペシャルティカーの プレリュードをフルモデルチェンジする。 3代目に移行した新型モデルは、 当時の最新技術を目一杯盛り込んでいた。
ホンダ
1980年代
1990年代

シビック

卓越の走り。 “グランド・シビック”の進化
同クラスのベンチマークとして君臨した 1983年デビューのワンダー・シビック。 その後継モデルを開発するにあたり、 本田技研は新技術の積極的な投入を決断する。 内外装もいっそうの上質化を目指した。 4代目に当たる新型は1987年に発表される――。
ホンダ
1980年代

クイント・インテグラ

インテグラの名を加えた2代目クイント
1980年代は本田技研工業から スポーツスピリットあふれるモデルが 数多くリリースされた時代だった。 四輪進出時の原点回帰、F1イメージの踏襲── 自動車マスコミは様々な賛辞をおくる。 そんな最中、クイントが2代目に移行した。
ホンダ
1980年代

アコード・エアロデッキ

斬新造形の上級ハッチバックモデル
本田技研の中心車種であるアコードは、 1985年6月に3代目に移行する。 ボディタイプは従来型と同様に セダンとハッチバックを用意したが、 ハッチバック仕様には 「エアロデッキ」というサブネームが 新たにつけられていた。
ホンダ
1980年代

バラードスポーツCR-X

FFライトウエイトスポーツの登場
1980年代初頭は本田技研にとって、 スポーツ指向が回帰する時期となった。 なかでもFFライトウエイトスポーツという 新ジャンルの市販車のデビューは、 クルマ好きに大きなインパクトを与えた。