トラック&バスの歴史1

陸軍と関東大震災がもたらした発展
生活をサポートするトラックとバス。 この重要性を早くから認知していたのは 陸軍と資産家たちだった。 彼らは積極的に国産技術の発展をサポートし、 独自モデルの開発を促進させた。 そして悲劇の関東大震災。 困難は技術発展のきっかけだが、 震災復興にトラックとバスは重要な役割を果たし 人々の生活に欠かせないものとなった。
1950年代
1960年代
1970年代

首都高速の歴史1 第一期/1959-1973

都心の交通戦争の解消を目指して
トラックや乗用車の普及によって 交通渋滞が発生し始めた1950年代後半の東京。 この問題は今後さらに深刻化することが予想され、 時の政府はその対策に乗り出す。 1959年には首都高速道路公団を設立。 都市部の高速道路網が計画されることとなった。
スバル
1970年代
1980年代

スバルの歴史3 第三期/1976-1986

4WDメーカーとしての隆盛
排出ガス対応技術のSEEC-Tや4WD機構の開発で 市場から高い評価を得た富士重工業は、 70年代後半に入ると主力車種の拡充に注力し始める。 レオーネは水平対向エンジンと4WDを強調。 レックスは居住性と走行性能を磨いていく。 80年代半ばには車種展開の拡大も実施した。
1950年代

ラジコンの歴史 /1955-

自由自在に動く自動車模型
実物のクルマを運転できなかった子供達にとって、 モデルカーは憧れのクルマに触れる第一歩だった。 そのモデルカーはやがてモーターによって動き始め、 さらに無線で操作できるタイプに進化していく。 ダイナミックな走りが楽しめる電動ラジコンカーは、 子供とともに、大人を含め多くのファンを獲得していった──。
1960年代

高速道路の歴史1 /1963-

物流革命を起こした高速産業道路
海外の技術を吸収し、独自に発展させていく──。 日本のオハコともいえるこの政策は、 何もクルマに限ったことではない。 クルマが移動する“高速道路”にも当てはまる。 国は1950年代初頭に高速道路建設の調査を開始。 さまざまな困難を乗り越えながら、 建設に取り組んでいった。
1950年代
1960年代

特殊車両の歴史1 第一期/1930-1960

「働くクルマ」の普及
国土のインフラを効率的に整備するうえで 必要不可欠なのが工事現場に従事するクルマ、 いわゆる特殊車両である。 日本では時の政府の富国政策のもとに 1930年代から本格的に使用され始めた。 世界屈指の建機メーカーであるコマツの歴史から 日本の特殊車両の変遷を振り返っていこう。
トヨタ
1970年代
1980年代

トヨタの歴史3 第三期/1973-1983

排ガス規制の克服と車種設定の拡充
さまざまな技術革新で排出ガス規制を 乗り切ったトヨタ自動車工業は、 1970年代末になるとクルマの高性能化に着手し始める。 さらに生産工場や販売ディーラーの拡大も実施。 日本No.1自動車メーカーとしての地位を 確固たるものにしていく──。
トヨタ
1950年代
1960年代
1970年代

トヨタの歴史2 第二期/1958-1972

日本No.1メーカーへの成長と足固め
オリジナル乗用車のクラウンやコロナなど、 積極的に新型車を発売した1950年代半ばのトヨタは、 来るべき1960年代に向けて小型車の開発に乗り出す。 さらに自社の技術力を世界にアピールする スポーツカーの製作にも意欲を見せ始めた――。
トヨタ
1950年代

トヨタの歴史1 第一期/1930-1957

栄光のトヨタ、苦闘の青春時代
トヨタの歴史は1930年、 豊田喜一郎が小型エンジンの開発をスタートしたときからスタートする。 1933年、豊田自動織機製作所に自動車部を設置。 混乱の戦時を経て、1955年には純国産の乗用車である 「トヨペット・クラウン」が誕生。 トヨタは日本を代表する自動車メーカーとして躍進をはじめる。
ダイハツ
1960年代
1970年代

ダイハツの歴史2 第ニ期/1968-1977

新たな経営戦略と車種展開の拡大
中堅メーカーが経営基盤の強化を 模索していた1960年代後半、 コンパクトカー・メーカーのダイハツ工業は 資本強化のためにトヨタと業務提携する。 1970年代に入ると月販3万台の実現に向けて、 車種ラインアップと工場の拡大に驀進した。