ベレットGT 【1964,1965,1966,1967,1968,1969,1070,1971,1972,1973】
日本に“GT時代”をもたらしたパイオニア
1964年4月、日本では初めてとなる一台のクルマが登場した。クルマの名は「いすゞベレット1600GT」と言う。このモデルこそ、日本で最初に「GT」を名乗ったモデルだった。GT(英語ではGrand Touring、イタリア語ではGran Turismo)とは、スポーツカーに準ずる高性能と乗用車に匹敵する居住性の良さを兼ね備えたクルマのこと。主にヨーロッパ大陸を長距離に渡って旅行する(Trance Continental)ために考えられたクルマを意味する。いわば、相反する二面性を高い次元で両立させたクルマである。
いすゞ自動車は、ヒルマン・ミンクスのノックダウン生産契約の終了に伴い、それに代わる小型車として、1963年11月に「いすゞ・ベレット」を発売していた。1500cc級の直列4気筒OHVエンジンによる後輪駆動と前輪にダブルウィッシュボーン/コイルスプリング、後輪はダイアゴナルリンク/コイルスプリングによるスウィングアクスルを採用、卵の殻をイメージさせる丸味を帯びた独特のスタイリングは、国産小型車の中でも一際スポーティな感覚に溢れたものだった。更なる高性能化を求めるファンの声は強くなって行ったのも当然だったろう。
熱烈なファンの声を生かす形で、いすゞは「ベレット」の高性能版として「ベレット1600GT」をデビューさせたのである。おそらくは、開発陣にスポーツカーやGTに詳しい人物が居たと見えて、出来上がった「ベレット1600GT」は、世界的にも通用する内容を備えた高性能車に仕上がっていた。スタイリングでは、4人乗りの2ドアクーペと相まって、前後のウィンドウの傾斜が強くなり、ルーフも低くされた結果、GTとして典型的なスタイリッシュスタイルとなった。室内は大人4名分のシートが用意され、特に前席はホールド性に優れるバケットタイプとなっている。シフトレバーはもちろんフロアチェンジであり、インスツルメンツパネルも円形メーターやセンターコンソールを備える本格的なGT仕様となっていた。
エンジンは、ベレット・シリーズに共通する直列4気筒OHVだが、ボアを拡大し、ストロークを短くして排気量を1579ccに拡大。高回転化を狙ってキャブレターもSU型を2基装備し、圧縮比を8.5から9.3に高めるなどのチューニングを加え、88ps/5400rpmの最高出力と12.5kg・m/4200rpmの最大トルクを得ている。車重は940kgと軽く、最高速度は160km/h、0→400m加速18.3秒が可能となった。GTの名に恥じない高性能である。
国産車初のGTとなった「いすゞベレット1600GT」だったが、あまりに本格的で在り過ぎたのか、当時このモデルの真の価値を理解するユーザーはきわめて限られたものとなってしまった。さらに、販売網が弱体であるという、中小メーカーに共通する障害もあり、いわゆるマニアのクルマとして受け取られる結果となった。いすゞ自動車では「ベレット1600GT」の高性能版である「ベレット1600GTR」を1969年にデビューさせる。このカンフル剤も大きな効果を挙げることはなかった。「ベレット1600GT」は孤高のGTであった。