ラシーン 【1994,1995,1996,1997,1998,1999,2000】
パイクカー経験を生かしたスタイリッシュRV
バブル景気の崩壊とリンクするように本格化した日本のレクリエーショナルビークル(RV)ブーム。メーカーは、1990年代前半に入ると販売台数が稼げるRVの開発に注力するようになっていた。
この状況下、日産自動車は、新たなカテゴリーのRVを模索し始める。ターゲットに据えたのは、コンパクトSUVのカテゴリー。当時のSUVといえばオフロード色が強いミドルクラス以上のモデルが主流で、都会の風景に似合うコンパクトサイズのSUVは未開の分野だった。
新たなコンパクトSUVを開発するに当たり、日産のスタッフは「都市生活と自然にやさしく調和する“4WDプライベートビークル”」というコンセプトを掲げる。シャシーはB14型サニーを流用することに決定。エンジンは既存のGA15DE型1.5L直4DOHCを使用し、駆動システムにはビスカスカップリングを組み込んだフルオート・フルタイム4WDを採用した。
デザインに関しては、1980年代に一大ブームを巻き起こした“パイクカー”の手法を取り入れる決断を下す。エクステリアは直線基調のボクシーフォルムをベースに、レトロ調のディテールパーツを装着。ボディ色にはナチュラルなソリッドカラーを採用する。ボディ高は一般的なタワーパーキング規制の1550mm以下に収めるように配慮した。インテリアは明るいカラーリングでコーディネート。チェック柄のモケット地シートや脱着式テレビなど、ユニークな専用アイテムも装着する。またクルマの製造については、従来のパイクカーと同様に系列会社の高田工業が担当する旨が決定された。ちなみにメーカーでは公式には認めていないが、ラシーンの造形はイタリアの著名なデザインスタジオが手がけたという説が有力。ラシーンのスタイリングがタイムレスなのは、やはりそれだけの理由がありそうだ。
日産の新しいコンパクトSUVは1993年10月に開催された第30回東京モーターショーで試作車が披露され、「また限定車のパイクカーか?」という周囲の予想を裏切り、翌1994年12月にカタログモデルとして登場する。車名は「未知なる旅の水先案内役=羅針盤」をイメージして“ラシーン”と名づけられていた。
ラシーンのグレード展開はシンプルに3タイプを用意する。ベースグレードがタイプI。これに背面スペアタイヤキャリアとファッションレールを装着したモデルがタイプIIを名乗る。最上級仕様のタイプIIIは、背面スペアタイヤキャリアやファッションレールのほかにフロントグリルガード、大型アウタースライドガラスサンルーフ、専用アルミホイールなどを標準で装備した。
ラシーンは広告展開も凝っていた。コミックの“ドラえもん”をイメージキャクターに据え、「ボクたちのどこでもドア」というキャッチを冠して、ラシーンの新感覚ぶりをアピールする。ちなみに、このコミック路線はラシーンの後期型でも採用され、イメージキャクターにはドラえもんに代わって“ムーミン”が起用された。
新感覚RVを前面に押し出してリリースされたラシーンは、順調な販売成績を記録し続ける。当時の販売スタッフによると、「都市部でもアウトドアでも使いやすい5ナンバーサイズのクルマがほしい。でも、普通のステーションワゴンやセダンではイヤだ」というユーザーにウケたそうだ。
ラシーンはその後も着々とラインアップを増やしていく。1995年8月にはタイプIベースの特別仕様車となるタイプFを設定。さらに1997年8月にはマイナーチェンジを実施し、SR18DE型1.8L直4DOHC+アテーサ4WDを採用するft(Farther Transportの略)グレードを追加した。1998年4月に入ると、SR20DE型2L直4DOHCエンジンを搭載し、オーバーフェンダーや専用フロントマスクなどを組み込んだ最強モデルの“フォルツァ”がデビュー。ライバルとなるホンダCR-VやトヨタRAV4に真っ向勝負を挑んだ。
地道にグレード強化を図り、日産の定番モデルとして位置づけられるようになったラシーン。しかし、1990年代末になると状況は一変する。4兆円以上の有利子負債を抱えた日産が自社再建を断念し、1999年3月にルノーの資本参加(日産株の36.8%)を含むグローバルな提携契約に調印したのだ。同年10月、日産から“リバイバルプラン”と称する抜本的な改革案が発表され、販売車種の大幅な見直しが図られる。そのなかで、ラシーンの生産中止も決定された。
2000年7月、ついにラシーンの生産が終了した。この時点でラシーンは過去のもの……となるはずだったが、市場の反応は違った。2000年代後半に入っても、ラシーンは中古車マーケットの人気モデルとして君臨し続け、専門店を名乗るショップまで出現するようになったのである。車両コンセプトが明確で、飽きのこないデザインに仕上げていれば、クルマは長寿命になる--ラシーンはその好例といえる1台だ。