スズキ
1980年代

マイティボーイ

遊び心満載のピックアップKカー
1977年にフロンテ・クーペの後継車として 登場したセルボは、1982年に2代目に移行。 スペシャルティモデルとしての個性を堅持する。 その2代目セルボをベースに 若年層へのアピール度を高めるモデルとして登場したのが、 1983年にデビューした商用車、マイティボーイである。
三菱
1960年代

コルト800

先駆となった流麗なファストバック
コルト800は600の後継モデルとして登場。 国産で初めてとなったファストバックのボディーに、 小型車では珍しい2ストローク3気筒エンジン(45ps)を 搭載してのデビューとなった。 ライバルたちがオーソドックスな3ボックスを採用する中にあって、 そのスポーティなデザインの巧みさと先進性が魅力だった。
日産
1970年代

フェアレディ240Z

スポーツカーの歴史を塗り替えた高性能“Z-CAR”
日産自動車は1969年にクーペボディの精悍フォルムを まとった新世代スポーツカーの「フェアレディZ」を発売。 米国市場では1970年に「DATSUN 240Z」として発表する。 さらに1971年には輸出専用であったL24型エンジンを搭載する 「フェアレディ240Z」シリーズを日本国内でリリースした。 240Zは最強のパーソナルGTとしてマニアからの熱い支持を獲得。 スポーツカーの歴史を塗り替える。
スズキ
1990年代

カプチーノ

本格設計のマイクロFRオープン
カプチーノはスズキ技術陣の夢が結実したスポーツカー。 1989年の東京モーターショーで喝采を受けた プロトタイプの市販化で、駆動方式は本格的なFR。 フルオープン、タルガトップ、Tバールーフ、クーペのスタイルが選べる 4ウェイオープン方式の採用が話題だった。 コンパクトな軽自動車規格の中に 楽しさを凝縮したカプチーノは、多くのマニアを虜にする。
ホンダ
1980年代

プレリュード

誰もが憧れたスペシャルティカー代表
先駆モデルを象徴する“前奏曲”の車名を纏った ホンダ製スペシャルティカーのプレリュードは、 1982年11月に全面改良を行って2代目に移行する。 “FFスーパーボルテージ”というキャッチを冠し、 ワイド&ローのスポーティかつ瀟洒なスタイルと 先進メカニズムをフルに盛り込んだ第2世代は、 若者層を中心に幅広いユーザーから熱い支持を獲得。 総生産台数60万台以上の大ヒット作に発展した。
日産
1950年代

日産の歴史1 第一期/1933-1959

ジャパン・オリジナルを求めた技術者集団の軌跡
1933年、日本の未来を信じる企業家、 鮎川義介が設立した「日産自動車」は、 日本に最適なジャパン・オリジナルの小型車を目標とした。 1935年ダットサンの量産1号車からはじまるそのこだわりは、 戦後海外メーカーとの技術提携を経て、 初代ブルーバードの成功へと結実する。
ホンダ
1960年代
1970年代

ホンダの歴史2 第二期/1965-1975

“チャレンジ精神”と“夢を紡ぐ力”がすべての原点
Sシリーズや軽トラックなどで 四輪車への進出を果たしたホンダ技研は、 1960年代半ばからいよいよ大衆車の開発を始める。 最初に手掛けたのは、軽規格の乗用車だった。 その後も魅力的なモデルを次々と発表。 排ガス規制にはいち早く新技術を投入する――。
トヨタ
1980年代

カローラFX

欧州を意識した2BOXスポーツカローラ
FRの駆動方式にこだわっていたトヨタ自工は、 1980年代に入ると大衆車を次々とFFに変更していく。 1983年5月には屋台骨を支えるカローラが、 シリーズ史上で初めてFF方式を採用。 その約1年5カ月後には、FFの特性を生かした 2BOXのカローラが市場デビューを果たす。
ホンダ
1950年代
1960年代

ホンダの歴史1 第一期/1946-1964

チャレンジ精神”と“夢を紡ぐ力”がすべての原点
現在の企業スローガンが、ホンダの本質を表している。 クルマや飛行機など、人間の行動半径を広げ、 生活を豊かにする機械に対して、 限りないロマンを抱き続けた 本田宗一郎の情熱の原点が、“夢の力”であり、 それはそのまま、ホンダを形成した。 栄光の第一歩をご紹介しよう。
トヨタ
1980年代

スプリンター・カリブ

マルチパーパスワゴンの意欲作
1970年代から本格的に浸透し始めた 日本でのアウトドアブームは、 移動手段の核となるクルマの特性にも影響し、 一部のユーザーからは荷物の積載性や 不整地の走破力などが重視されるようになる。 その対応策として、トヨタは新しい多目的車を開発した。