ブルーバードSS 【1965,1966,1967】

レースから生まれた俊足スポーツセダン

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第1回日本グランプリの惨敗が出発点

 スカイラインGTとともに、ブルーバードSSはレースのために誕生したサラブレッドだった。ちなみにSSはスポーツセダンを意味する。
 1963年の第1回日本グランプリで、ブルーバードは惨敗を喫する。ツーリングカーレース1000-1300ccクラスに参戦した2台のブルーバードは6台のフォルクスワーゲンに続いて7、8位に食い込むに留まった。出走は8台だったから最下位とブービー賞である。出場したブルーバードは初代の310型。レース後数ヶ月で新型の410型が登場するためブルーバードに力を注がなかったのだ。

 日産はメインレースの国内スポーツカー1300-2500ccクラスに参戦したフェアレディに精力を集中した。これが惨敗の原因だった。フェアレディは、トライアンフやMGB、スカイラインスポーツなどの強豪を抑え見事に優勝を飾る。日産は面目を保つが、ツーリングカーレースでのブルーバード惨敗は日産の技術陣にとって屈辱であることに変わりはなかった。ライバルのコロナがクラスは違う(ツーリングカー1300-1600cc)とはいえ、上位を独占したからそれはなおさらだった。

13台のブルーバードSSが速さを競う

 スカイラインGTとポルシェ904の激闘で歴史に残る翌1964年の第2回日本グランプリに、日産はブルーバードで必勝を期す。ブルーバードの参戦レースはT-IV、排気量1000-1300ccのツーリングカーが戦うレースだ。日産は1963年9月にモデルチェンジした410型をベースにツインキャブレター、4速フロアシフト、専用スポーツサスなどでチューンアップしたSSをレース2ヵ月前の3月に発表。日本グランプリにワークス&プライベーターを含め13台ものマシンを送り込む。出走は全16台だったから、アルファロメオやミニ・クーパーSなどの欧州勢が参加したとはいえ、ほぼブルーバードSSのワンメイク状態だった。

 レースではブルーバードSSが圧倒。1位から12位までをブルーバードSSが占め、1台のミニ・クーパーSを挟んで14位にもブルーバードSSが入った。レースを念頭に仕上げられたブルーバードSSだけに、速さは抜群でレース中に優勝した田中健次郎選手がマークした3分3秒6(平均速度117.728km/h)のベストラップは、前年に1500ccのコロナで式場壮吉選手がマークした3分25秒0(平均速度105.438km/h)を大幅に上回った。

排気量アップで最高速150km/hを実現!

 レースでの完全勝利も手伝って、ブルーバードSSはマニアの熱い支持を受け人気モデルに成長する。ラインアップも充実し、1965年2月には2ドアモデルが登場。5月には1300SSに進化する。1300SSは従来の1189ccユニットからシリーズ全体が1299ccの新開発ユニットを搭載することに伴って誕生した。

 1300SSのエンジンにはSU型ツインキャブレター、圧縮比の向上(8.2→9.0)、高速型カムシャフト、デュアルエグゾースト・システムなどのチューニングが施され、標準の62ps/5000rpm、10.0kg・m/2800rpmを大幅に上回る72ps/6000rpm、10.2kg・m/3600rpmを誇った。トランスミッションもポルシェシンクロ付きの4速フロアシフトとなった。1300SSのトップスピードはクラストップの150km/hに達した。1300SSはステアリング形式が従来のカム&レバー式からリサーキュレーティングボール式にリファインされたことで操縦性も向上していた。

 通常モデルと1300SSを外観で見分ける手だてはリアピラー上の“SSエンブレム”だけだったが内容は標準仕様と大幅に異なっていた。生粋のサラブレッドだったのである。ちなみにマニアには1300SSの外観のさりげなさが魅力だったという。ブルーバード1300SSは“能ある鷹は爪を隠す”という例えが似合う大人の雰囲気を持っていたからだ。

さらにホットなSSSモデル誕生!

 1300SSはサファリラリーにも参戦し、1966年に見事にクラス優勝を果たす。日本車の優秀性を世界に示す先兵となったのだ。しかし、国内のモータースポーツ分野では主力にならなかった。1300SSのデビューとほぼ同じタイミングで、一段と速さを磨いた1600SSS(スリーエス:スーパースポーツセダンの意)が登場したからである。1600SSSはブルーバードにシルビア&フェアレディ用の1596ccエンジン&ミッションを移植したモデルで、90ps/6000rpm、13.5kg・m/4000rpmをを誇った。トップスピード160km/hである。

 総合バランスでは1300SSが優れていたというが、国内レースでは絶対スピードに勝る1600SSSが主役となった。1600SSSは1966年の第3回日本グランプリの特殊ツーリングカーレースで、スカイライン2000GT、ベレットGTに続く3位に食い込む。サーキットでも高いポテンシャルを見せつけ、ブルーバードの新たなスポーツリーダーとなったのだ。