日産サニーvsトヨタ・カローラ 【1970】

排気量の拡大で凌ぎを削ったサニーvsカローラの第2ラウンド



1970年、ライバルは第2ステージに

 ともに1966年に市場デビューを果たし、日本に“マイカー・ブーム”を巻き起こしたダットサン・サニーとトヨタ・カローラ。そのライバル関係は、1970年になって第2ラウンドをむかえることとなった。

排気量1.2Lクラス。上質さを競う

 まず、1970年1月にサニーの1200シリーズ(B110型)が発売される。“豊かさ”を表現したエクステリアは従来のB10型系よりも大きく、豪華なイメージに変身。室内空間はクラス最大級の広さを誇り、空調にはヒーターファンを利用したクラス初のオートベンチレーションシステムを、インスツルメントパネルには全面パッドを配した衝撃吸収構造を採用する。搭載エンジンは新設計のA12型1171cc直4OHVで、68ps/6000rpmの最高出力と9.7kg・m/3600rpmの最大トルクを誇った。

 B110型系サニーはテレビCMや紙媒体の広告などで展開したキャッチコピーも鮮烈だった。最大のライバルであるトヨタ・カローラを明確に意識した「隣りのクルマが小さく見えます」は、初代カローラが謳った「+100ccの余裕」の意趣返しといえた。

 B110型系サニーの登場から4カ月ほどが経過した1970年5月、小さく見えた隣のクルマのカローラが渾身のフルモデルチェンジを敢行する。E20の型式をつけた2代目は、ボディサイズを拡大したうえで曲面構成を大胆に取り入れたエクステリアや北欧家具のデザインを意識したインテリア、最新の安全公害対策などが特徴。搭載エンジンは3K型1166cc直4OHVで、77ps/73ps/68psの3タイプの仕様をラインアップした。

バリエーションの拡大競争

 熾烈なトップシェア争いを展開するB110型系サニーとE20型系カローラは、デビューから間もなく、相次いで排気量拡大とバリエーション強化の施策に打って出る。
 まず、1970年9月にカローラが新設計のT型1407cc直4OHVの“パッションエンジン”を積んだ1400シリーズを発表する(発売は10月から)。さらに翌1971年4月には、スポーティ仕様のクーペ1400SR/1400SLをリリースした。

 一方のサニーは、1970年4月にツインキャブ仕様(83ps)の1200GXを追加。さらに1971年4月には「豪華さと個性的なスタイル」を開発テーマに掲げたサニー・エクセレントが設定される。エクセレントの搭載エンジンにはブルーバードの血統のL14型1428cc直4OHCが用意され、より大型化と高級化を果たした内外装とともにひとクラス上のクルマに仕上がっていた。

 カローラとサニーは高性能モデルの設定でも凌ぎを削る。カローラは1972年3月に2T-G型1588cc直4DOHCやT型エンジンを搭載したレビン・シリーズ(スプリンター版ではトレノ・シリーズ)を発売。サニーは同年8月にサーボシンクロ5段ミッションや強化タイプの足回りを装備した軽量スポーツ仕様の1200GX-5を設定する。当時の走り屋によると、「インパクトの面では2T-Gを積んだレビンのほうが強く、走行性能も圧倒したが、軽量ボディを生かして俊敏に操れるGX-5も侮りがたい実力を持っていて、腕のいいドライバーが下りのワインディングなどで走らせればレビンを凌駕することもあった」そうだ。

生産台数はまたもやカローラの勝利

 初代モデルから引き続いて展開された2代目サニーとカローラのシェア争い。しかし、1971年の年間生産台数はカローラの46万3184台に対してサニーが36万7355台、1972年はカローラが49万7165台でサニーが45万2312台、1973年はカローラが51万2810台(この年にカローラの累計生産台数が300万台を突破)でサニーが43万1908台と、終始カローラがサニーを圧倒した。
 この状況に対し、日産自動車は大胆な策に打って出る。それは、3年3カ月という短いサイクルでサニーを3代目へとフルモデルチェンジする決断だった−−。