トヨタ
1960年代

パブリカ

実用性と高性能を兼備した「大衆車」の誕生
1960年、第7回全日本自動車ショーで お披露目となった新型車には、まだ名はなく 「トヨタ大衆車」として発表された。 6年の歳月を費やして生まれた、このUP10型は、 「これ以下ではムリ、これ以上はムダ」 というコピーが示すとおり、 質実剛健かつシンプルなベーシックカーとして誕生する。
トヨタ
1950年代
1960年代

トヨペット コロナ

トヨタの基盤を築いた名車の出発点
乗用車として人気を得たクラウン、 そしてタクシー用のマスター、 この2台の長所を組み合わせ、小型車に仕立てたコロナ。 燃費に優れた33psユニットや、 新メカニズムのビルトインフレームを採用。 ライバルのダットサンに対抗するために急きょ開発され、 使いやすい経済車をうたって登場したが、道は険しかった。
トヨタ
1950年代
1960年代

クラウン デラックス

日本を代表する高級サルーンの誕生
初めてトヨペットの名を冠した小型車SA型から8年。 トヨタは高級セダン、トヨペット クラウンRS型を発売する。 トヨタの総力を傾け、 3年の歳月を費やして生まれた新型サルーンは、 当時の先端技術を存分に注入。 国産車の基準を大きく引き上げた名車は、 以来、高級車の代名詞となる。
ダイハツ
1960年代

コンパーノ・スパイダー

小粋なイタリアン調オープン
ダイハツは、1961年の全日本自動車ショーに 2ドアセダンを出展し、乗用車への進出を明らかにする。 これは市販に結びつかなかったが、 1964年に、ついに「ダイハツ乗用車第一号」となる コンパーノ・ベルリーナを発売する。 このコンパーノをベースに生まれたのが 4人乗りの「スパイダー」。 ヴィニアーレによる美しいデザインを 踏襲してのデビューだった。
スズキ
1960年代

スズライト・フロンテ360

スズキ初の量産軽乗用車の誕生
1955年、スズキ初の4輪モデル、 スズライトSFが誕生。 スバル360が登場する3年前、 国民車構想の発表と同年のことだ。 セダン、バン、ピックアップでのデビューだったが、 やがてバンのみに。 乗用モデルが再び登場したのは1962年。 スズキは、このフロンテ360で、乗用車を復活させたのだ。
スバル
1960年代
1970年代

ff-1

ライバルを凌駕したFF&フラット4
性能は素晴らしいが、内外装が地味。 富士重工が開発した小型車のスバル1000には、 そんな風評がつきまとっていた。 そこで富士重工の開発陣は スバル1000の大改良を実施。 ff-1の名で市場に送り出す。
ホンダ
1960年代

S600クーペ

世界に名を轟かせたSのクーペ仕様
すでにモーターサイクルでは、 世界No.1メーカーとなっていたホンダが、 満を持して送り出した 4輪モデル「ホンダ・スポーツ」。 まず1963年10月に「S500」が登場し、 3カ月後に「S600」がデビュー。 そして、1964年10月のモーターショーで 実用的なクーペモデルが登場する。
プリンス
日産
1960年代
1970年代

グロリア

縦目4灯。プリンス自動車の遺産
業績好調の日産自動車は、 その勢いを誇示するような政策を 1966年8月に実施する。 独自の高い技術を持ち、 レースの世界でも活躍していた プリンス自動車工業の吸収合併だ。 合併後の1967年4月、 プリンスの最上級車種だったグロリアが 「日産グロリア」の名でデビューする。
プリンス
日産
1960年代
1970年代

グロリア(総論)

プリンスが培った技術力を備えた秀作
新世代グロリアの開発を進めていたプリンスの開発陣。 プリンスの名に恥じない高級サルーンを目指していた。 しかし、1966年に日産との合併が現実のものに。 1959年の初代から数え3代目となった グロリア(A30型)は、日産の名を冠し登場することになる。
プリンス
日産
1960年代
1970年代

プリンス・ロイヤル

高い技術力で作り上げた国産御料車
日本屈指の高い技術力を持ち、 数々の名車を生み出してきたプリンス自動車。 その究極形といえるモデルが、 国産初の御料車として採用された プリンス・ロイヤルだろう。 しかし、このモデルが宮内庁に納入されるまでには、 さまざまなドラマがあった。