ホンダ
1970年代
1980年代

ホンダの歴史3 第三期/1976-1984

自動車総合メーカーへの躍進
シビックの成功で勢いを増したホンダは、 1970年代中盤から1980年代前半にかけて 車種ラインアップの大幅な拡大を実施する。 同時に新しいディーラー網も構築。 海外ではアメリカに4輪車工場を建設し、 欧州メーカーとの提携も実現した。
ダイハツ
1950年代
1960年代

ダイハツの歴史1 第一期/1907-1967

コンパクトカー・メーカーとしての発展
国産初のガソリン自動車“タクリー号”が 産声を上げた1907年(明治40年)の日本。 同じ年に大阪では、注目の新会社が創立される。 内燃機関の製作と販売を目的に立ち上げた、 その名もずばり“発動機製造株式会社”だ。 同社は戦後、ダイハツ工業として発展していく。
スズキ
1960年代
1970年代

スズキの歴史2 第二期/1966-1977

軽自動車メーカーとしての発展
スズライト・フロンテやバンの開発で、 軽自動車メーカーとしての確固たる地位を 築き始めた鈴木自工は、1960年代後半に入ると 小型車のマーケットにも進出する。 同時に軽自動車のラインアップもさらに強化。 排出ガス規制にも2ストロークで挑んだ。
スズキ
1950年代
1960年代

スズキの歴史1 第一期/1920-1965

繊維織機メーカーから自動車メーカーへ
軽自動車生産・販売のリーダーメーカー、 世界規模で4輪と2輪を開発する希少な企業、 インドを中心とする独自のグローバル展開。 スズキに冠せられるキャッチフレーズは、 いずれも会社の個性を強調するものばかりだ。 その源泉は、同社の稀有な変遷にあった――。
日産
1970年代
1980年代

日産の歴史3 第三期/1973-1984

排出ガス規制の克服と車種の拡大
1970年代中盤の日産自動車は、 他メーカーと同様に石油危機による供給制限と 排出ガス規制への対応に苦慮することになる。 難題を克服した同社は、1970年代末ごろから 車種展開の拡大と施設の増強を実施し、 トヨタへの追撃体制を構築していった──。
プリンス
日産
1960年代
1970年代

日産の歴史2 第二期/1960-1972

乗用車とスポーツカーでの躍進した黄金期
ダットサン・ブルーバードのヒットや 中型乗用車のセドリックのデビューなどで、 快進撃を続ける1960年代の日産自動車。 1966年にはプリンス自動車を合併して、 車種展開の拡大と新技術の導入を図る。 モータースポーツにも積極的に参戦した。
日産
2000年代
2010年代

2017 GT-R

究極のドライビングプレジャーを追求。“深化”を続ける赤バッジ
日産自動車は2007年に単独車種に移行した新世代の “赤バッジ”モデル、R35型「GT-R」を市場に放つ。 専用のプラットフォームにVR38DETTエンジン+6速DCT、 独立型トランスアクスル4WDといった最新メカを豊富に 盛り込んだR35は世界屈指のスーパーパフォーマンスを実現。 さらにデビュー後も進化と深化の道程を歩み続け、 2017年モデルではR35発売以来最大の規模となる エクステリア&インテリアのデザイン変更を実施した。
ホンダ
2010年代

2017 シビック・タイプR

ニュル7分43秒80。世界最速FFホットハッチ!
タイプRは、ホンダ製スポーツの象徴。 最新モデルは「頂点を極めるモデル」として開発された。 目指したのは圧倒的な速さ! ニュルブルクリンク北コースで 量産FFモデル世界最速となる7分43秒80を記録。 2L直4DOHC16Vターボは320ps/40.8kg・mをマークする。 すべてが本格。走りのオーラは誰にも負けない。
スズキ
2010年代

2017 スイフトスポーツ

走り元気!新開発1.4ℓターボを積む韋駄天モデル
3代目スイフト・スポーツは、 軽量ボディに新開発1.4ℓ直噴ターボ(140ps/23.4kg・m) を搭載したFFホットハッチ。 パワーウェイトレシオはクラストップの6.93kg/ps(MT)。 足回りは前後トレッドをワイドにした走り指向である。
トヨタ
1980年代
1990年代

ソアラ

世界に誇る先進技術を満載した高級スペシャルティ
2代目のソアラは鮮烈なクルマだった。 美しいスタイリングの内側に 超パワフルな新世代エンジンを搭載し、 世界に誇る先進技術を惜しみなく投入していたからだ。 230psを誇った3.0Lターボの豪放なパワーは 4輪ダブルウィッシュボーン式の電子制御エアサスペンションが支え、 メーターには世界初のスペースビジョン式を採用。 新型は日本車の到達点を示す傑作だった。