三菱
1970年代
1980年代

ランサー・セレステ

FTOの後継を担う小型スペシャルティ
日本のすべての自動車メーカーが 排ガス対策に苦心していた1970年代半ば、 三菱自工はギャランFTOの実質的な後継となる 小型スペシャルティカーをデビューさせる。 初代ランサーのシャシーを流用したそのモデルは、 “青い空”を意味するセレステのサブネームをつけていた。
三菱
1970年代
1980年代

ミニカ・アミ55

軽新規格に則したFRミニ
排出ガス規制が段階的に 厳しくなっていった1970年代中盤、 軽自動車の規格改定が行われる。 三菱自動車は中心車種のひとつである ミニカをフルモデルチェンジ。 サブネームにアミ55を付けた。
三菱
1970年代
1980年代

三菱の歴史3 第三期/1977-1986

国内No.3の自動車メーカーへと躍進
軽自動車からハイオーナーカーまでを手掛ける フルラインメーカーに発展した三菱自動車は、 1970年代後半に入ると、さらなる販売網の拡大と 車種ラインナップの充実を図っていく。 クルマ自体もいっそう個性的になり、 とくにRVの分野では先陣を切るメーカーとなった。
三菱
1960年代
1970年代

三菱の歴史2 第二期/1963-1976

フルラインメーカーへの足固め
三菱500やコルト600、ミニカなどの開発で、 自動車市場への進出を果たした旧三菱系3社は、 1964年に三菱重工業として再び集結し、 さらなる車種ラインナップの拡大を図る。 1970年には三菱重工業から自動車部門が独立。 三菱自動車工業として活動することになった。
日産
1960年代
1970年代

フェアレディZ432

鮮烈な速さを印象づけた生粋サラブレッド
最強のフェアレディZ、それが“432”だ。 レーシングフィールドから生まれた珠玉の S20型DOHC24Vユニットを搭載し, 210km/hのトップスピードをマークしたトップアスリートである。 432のネーミングは“4バルブ、3キャブ、ツインカム”に由来し、 高度なメカニズムをストレートにアピールしていた。 世界のスポーツカーシーンを変革した初代Z-CARの頂点。 しかし、その生涯は意外なほど短命だった。
いすゞ
1960年代
1970年代

いすゞユニキャブ

ワイルドなスタイル。いすゞ製RVの先駆
後にマイカー元年といわれる1966年。 秋の東京モーターショーでは、 各自動車メーカーから800〜1100ccクラスの 渾身の大衆乗用車が多数発表される。 そんな最中、いすゞ自動車のブースでは 風変わりな多用途車が雛壇に上がっていた――。
ホンダ
1970年代

1300クーペ

非凡な高性能を備えた2ドア空冷スペシャルティ
オープンスポーツカーS500で4輪市場に参入し、 軽自動車N360でクラスのリーダーになったホンダ。 小型車マーケットへの本格進出となった 1300シリーズのクーペ版は、 高性能な二重空冷ユニットを搭載。 スタイリッシュな造形で ポテンシャルの高さをアピールした。
1950年代
1960年代
1970年代

首都高速の歴史1 第一期/1959-1973

都心の交通戦争の解消を目指して
トラックや乗用車の普及によって 交通渋滞が発生し始めた1950年代後半の東京。 この問題は今後さらに深刻化することが予想され、 時の政府はその対策に乗り出す。 1959年には首都高速道路公団を設立。 都市部の高速道路網が計画されることとなった。
トヨタ
1950年代
1960年代
1970年代
1980年代

ランドクルーザー40

世界へ羽ばたいた国産4WDの王者
1951年のトヨタ・ジープBJから、 ランクルの輝かしい歴史は始まった。 1960年に登場した40系は、おおよそ25年もの間、 ラインアップの中核を担ったロングセラー。 この40系の人気を決定付けたモデルが、 1974年に登場した 3リッター・ディーゼル搭載のBJ40系である。
スバル
1970年代
1980年代

スバルの歴史3 第三期/1976-1986

4WDメーカーとしての隆盛
排出ガス対応技術のSEEC-Tや4WD機構の開発で 市場から高い評価を得た富士重工業は、 70年代後半に入ると主力車種の拡充に注力し始める。 レオーネは水平対向エンジンと4WDを強調。 レックスは居住性と走行性能を磨いていく。 80年代半ばには車種展開の拡大も実施した。